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「医療洗脳」から脱出しよう
<専門医は「乳がん検診」の限界を知っている>
乳がんではマンモグラフィーの普及によって超早期の「非浸潤性乳管がん(DCIS)」が多数発見されるようになりました。
DCISは乳管の中にとどまる病変で、がんの一部が乳管を突き破って周囲の組織に広がると「浸潤がん」になります。
そして浸潤がんになると、全身に転移して、命取りになると考えられています。
しかし、DCISの中には乳管内にとどまり続けて、命を奪わない病変もたくさん存在します。
実際にマンモグラフィー検診で早期がんが増えても、死亡率が下がらないことを示す臨床試験の結果もあります(1*)。
こうした事実を受けて、欧米の専門医の間では、DCISをがんと呼ばず「上皮内新生物」と呼んで、がんとは区別すべきであるという意見もあります。
ただし、現時点での医学では、どの人のDCISが非浸潤がんのままで止まり、どの人が浸潤がんになり得る危険なものか区別がつきません。
そのため、乳がん検診を受けて「がん」と診断されたら、殆どの医師が「念のために」と手術を勧めるはずです。
また患者も放置するわけにはいかないので、殆どの人が手術を受けることになるでしょう。
つまり、乳がん検診を受けて「がん」と診断されたら、過剰診断の害を避けることは事実上、不可能なのです。
このような問題を解決すべく、現在DCISをすぐには治療せず、経過観察する臨床試験が国内外で行われているそうです。
その結果次第では、もしかすると将来、乳がんでも前立腺がんと同様に「監視療法」が選択肢の一つとなるかもしれません。
(中略)
実は、日本の乳がん専門医からも、そのような声が出始めています。
「乳がんを含めたがん検診の目的は、死亡率を下げること。しかし実際は、検診により新しく発見される罹患者数は増えているのに、死亡率は下がっていない。
聖路加国際病院・乳腺外科の山内英子部長は、『そろそろ必ず検診に行かねばならないという“がん検診神話”は捨てて欲しい。
乳がんの場合発症のリスクの低い人が検診を受けることで、過剰診断や偽陽性、被ばくのリスク、精神的な負担などの不利益が、検診による利益を上回ることも。
発症リスクを考慮して、必要な人がその人にあった方法で検診を受けて欲しい』と話す。
『乳がん検診行かなきゃ…』その思い込みは捨てよう」(日経ヘルス, 2016.12.11.)
この記事が画期的なのは、コメントをしている人が、日本乳癌学会の理事だということです。
乳がんの学会の幹部を務める医師が「必ず検診に行かねばならない」という神話は捨てるべきだと訴えているのです。
この記事では、昭和大学医学部乳腺外科教授の中村清吾医師も、乳がんのリスクの高い人について解説するコメントを出しています。
実は中村医師は山内医師の前任者で、聖路加国際病院の時代から日本の乳がん研究をリードしてきました。
現在は、日本乳がん学会の理事長も務めています。
このように、乳がん専門医たちも、公に乳がん検診の限界を認めるようになってきています。
この事実は非常に重いと言えるでしょう。
今やマンモグラフィー検診をやみくもに推奨する時代ではなくなったのです。
<早期発見しても必ずしも死亡率は下がっていない>
「がんは早期に発見されば、治る時代になりました」
がん検診を進める人たちは、必ずといっていいほどこのような決まり文句を使います。
確かに、がんは早期に見つけるほど、5年生存率は高くなります。
がんを小さなうちに取り除けば、周りに広がったり、転移したりするのを防ぐことができ、
それによってがんで死亡することも防げるはずだからです。
ところが、がん検診を受けても、あまり死亡率は下がらず、思ったほどの効果はないという報告が相次いでいます。
Why cancer screening has never been shown to "Save lives"―and what we can do about it. BMJ, 6.Jan.2016.
(なぜ、がん検診は“命を救う”ことを証明できなかったのか―そして我々は何をすべきか?)
「早期発見ができるほど死亡率は下がる」と考えているのに、なぜこのような矛盾が起こってしまうのでしょうか?
それは第1に、がん検診で見つかる早期がんの中に、かなりの割合で「命を奪わないがん」が含まれているからだと考えられます。
進行が非常にゆっくりで、死ぬまで体に悪さをしない「のんびりがん」が私たちが思っている以上に多いのです。
「のんびりがん」では患者は亡くなりませんから、検診で早期のがんをたくさん見つけるほど、5年相対生存率は高くなります。
しかし、もともと命を奪わないがんなので、幾ら沢山見つけても、死亡率の低下には結びつかないのです。
さらにもう一つは、定期的にがん検診を受けていたとしても「早期のうちには見つけられないがんが存在する」ということです。
こうしたがんは増殖するスピードがとても速いので、検診で発見されたときはすでに進行しています。
進行がんは治療したとしても、5年後には一定の割合で亡くなってしまうので、これも治療成績が大幅に改善されない限り、死亡率低下には結びつきにくい、ということになります。
つまり、早期がんの生存率が高いのは、命を奪わない「のんびりがん」が多いからで、
一方、進行がんの生存率がぐっと下がるのは、発見されたときにはすでに進行しており、命を奪ってしまう「スピードがん」が多いからだと考えられるのです。
もちろんこれは仮説です。荒唐無稽な説と感じた方もいたことでしょう。
しかし、こうした仮説を取らなければ、がん検診で死亡率が低下しない理由をうまく説明できないのです。
<がんは多様性があり、進行速度から4つに分類できる>
こうした考え方は「過剰診断」に警鐘を鳴らす著作や活動で有名な米国ダートマス大学教授のH.ギルバート・ウェルチ医師らも
「過剰診断」という著作や「がんにおける過剰診断」と題した論文で述べています。
がんは単純化すると「速い」「ゆっくり」「とてもゆっくり」「進行しない」の4つに分類できるとしています。
(Welch HG, Black WC, Overdiagnosis in cancer. J Natl Cancer Inst. 102; 605-13. 2010.)
「とてもゆっくり」「進行しない」がんは、症状が出る前に他の原因で亡くなってしまうので、がん検診で見つけると過剰診断になってしまいます。
一方、「(進行の)速いがん」は、成長があまりにも速いので、定期的に検診を受けたとしても、その間に発生して、往々にして見逃されてしまうとしています。
つまり、検診で見つかったときには、すでに進行しており、すぐに症状が出て、死に至ってしまうことが多いのです。
ですから「速いがん」も検診には向かないことになります。
ウェルチ医師らによると、がん検診で最大のメリットが得られるのは、死に至るまでに長い年月のかかる「ゆっくり」のがんで、
その場合に限り、早期に発見して治療すれば、命拾いする可能性が出てきます。
こうして考えると検診でメリットを得られるがんは限られているといえるかもしれません。
少しずつ進行していって、将来命を奪うことになる「ゆっくり」がんを上手く捕捉できたときだけ、死亡率の低下に結びつくからです。
その割合が高ければ、がん検診が効果を発揮する可能性もありますが、私たちが思っている以上に「ゆっくり」がんは少ないのかもしれません。
そもそも多くの人が、がんは放置すれば大きくなって、リンパ節や周囲の臓器に広がり、やがて離れた臓器や全身に散らばって、死に至ると思い込んでいます。
そのような段階で順番を踏んで進行していく前提があるからこそ「早期発見が大切だ」と広く信じられているわけです。
しかし、がん検診をめぐる現実を踏まえると、がんをそのような単一的で、単線的な進み方ばかりをする病気だと考えるのは、無理があると思うのです。
例えば同じ乳がんでも乳管内にとどまり続けるおとなしいがんもあれば、しこりが見つかったと思ったら、あっという間に転移が出てくる性質(たち)の悪いがんもあります。
前者の場合、たとえ手術しないで放置したとしても、周囲に広がったり転移したりすることはありません。
ですから、必ずしも早期発見が大切だとはいえないことになります。早期発見したために無用な治療を受ける期間が長くなる上に、却って命を縮めることもあり得るからです。
一方、後者の場合、とにかく早く見つけて手術すれば、転移は防げるはずだと思うかもしれません。
しかし実際には、がん細胞は乳房内で増え始めたかなり早い段階から、転移が起こっているかもしれません。
ですから、あっという間に転移が出てくるような性質(たち)の悪いがんは、発見できないほど小さなうちからがん細胞が全身に散らばっており、いくら早く見つけて手術したとしても、残念ながら治らないということもあります。
手術を受けて目に見えるがんは全て取り除いたはずなのに、しばらくすると再発や転移が起こることがあります。
こうしたケースも、がん細胞はかなり早いうちから周りや全身に散らばっており、それが術後しばらくして検査で見つかるくらいの大きさになったと考えられるのです。
つまり、手術で取り残してしまったというより、最初から全てを取り除くのは不可能だった可能性が高いのです。
こう考えると、がんを早期に発見して早期に治療すれば、死亡率が低下するはずだとするロジックには、最初から限界があることがわかります。
もちろん一般に想像されている通りに、順を踏んで段階的に進むがんもあるでしょう。
しかし、すべてのがんが、早期発見・早期治療の考え方に合うように進んでいくわけではないのです。
<私たちは「がん検診」にどう向き合えばいいのか?>
まずは、がん検診のメリットがそれほど大きなものではないことを知っておくべきでしょう。
現時点で言える「がん検診の実態」は次のようなものになるでしょう。
①がん検診を定期的に受けた場合、1000人に1人くらいはそのがんによる死亡を免れる可能性があります。
②しかし、そのがんによる死亡を防げても、総死亡率(あらゆる病因による死亡)が下がる科学的な根拠は現状では乏しい。
③がん検診には、放射線被曝や検査に伴う合併症などのリスクが伴います。
また命を奪わないがんを見つけて、無用な検査や治療を受ける「過剰診断」の可能性もあります。
④「1000人に1人でも命拾いをするならば、がん検診を受けたい」「異常なしのお墨付きが欲しい」「自分の安心のためにも検診を受けたい」「わずかな確率でも命拾いできる可能性に賭けたい」場合は受ける。
と同時に「がん検診は受けない」という選択もまた尊重されるべきである。
<検討すべきがん検診の年齢制限〜高齢者への検診はいつまで?〜>
実は、欧米諸国では、国がコストをかけて実施するがん検診には、年齢の制限を設けています。
例えば英国では、大腸がんは74歳まで、乳がんは70歳までとなっています。
がんが増え始める50台から検診を受け始めたとしても、がん検診を受ける意味がありそうな期間は、生涯でせいぜい20〜25年くらいしかないのです。
もし、症状がないがんを早く見つけすぎて、治療を受ける期間が長くなれば、その分辛い思いをする時間も長くなってしまうということもあるかもしれません。
「早期発見・早期治療が大切だ」というのは簡単ですが、その先にどんな人生があり得るのかを想像することも、がんという病気を考えるためには大切なことかもしれません。
<これからのがんとの向き合い方〜大切な一次予防〜>
国立がん研究センターによると「日本人のためのがん予防法」(平成27年2月)には次のように書かれています。
<喫煙>他人のタバコの煙もできるだけ避ける
<飲酒>飲むなら節度のある飲酒
<食事>偏らずバランスよく
<身体活動>日常生活を活動的に
<体型>適正な範囲内に
<感染>肝炎ウイルス検査、子宮頸がんウイルス、ピロリ菌検査
となっています。当たり前で、漠然としていますが、
これが現時点で科学的に導かれた、現時点で最も効果的と考えられる予防法なのです。
この予防策を実践すれば、男性は1/2、女性は1/4 のがんを減らせる可能性があるとされているのです。
<実はがんは減ってきている>
人数だけで見るとがんで亡くなる人は増えています。
しかし、社会の高齢化の影響を除外して計算した「年齢調整死亡率」で見ると、実はがんは減っているのです。
この理由は、長生きする人が増えたためにがんを発症する時期も総じて遅くなり、高齢になってからがんで亡くなる人が増えたからではないかと推測されています。
年齢調整死亡率で見ると胃がんを筆頭として、肝臓、肺、前立腺、子宮がんは減少しており、大腸がん、乳がん、悪性リンパ腫はほぼ横ばいです。
唯一増加しているのはすい臓がんで、今後は膵癌への対策がなされるべきです。
<国は、病気の人を見つけるより、病気にならないことにお金を使うべき>
こうした事実を知っていた人が果たしてどのくらいいたでしょうか。
今後は、行政は病気の人を見つける(2次)検診ではなく、こうしたがんにならない(1次)予防に力を入れ、予算をかける必要があると思います。
1000億円規模の公費がつぎ込まれていると考えられる「がん検診」に比べると、予防に力を入れる方がトータルに見れば圧倒的に安く済むのではないでしょうか。
身体を傷つける可能性のある「がん検診」と違って、病気を予防し、健康になることにお金を使うことの方が国民の理解も得られやすいのではないでしょうか。
今のままの「がん検診」に限界が見えているのはもはや明らかになりつつあります。
それは、行政の思惑は反対に「がん検診の受診率が頭打ち」であることからも伺えます。
がん検診に、莫大なお金をつぎ込まなくても、がんは減らすことができ、予防策を実践すれば、健康長寿にもつながります。
真に実効性のあるがん予防対策に国全体がシフトしていくことを願っています。
と結ばれていました。
厳しい批判もありますが、がん診療する上で、傾聴すべき意見とも考えます。
このような批判に耐え得る診療を心して参ります。
参考文献:
鳥集 徹「がん検診を信じるな」(宝島社新書, 2017.)