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2016年7月25日
満足な人生のエンディングのために…
満足な人生のエンディングのために…
今回は、ご高齢の患者さんから要望の多い終末期医療のあり方について
在宅医療のエキスパートである長尾和宏先生の著作からです。

<平穏死という選択>
長尾先生は兵庫県の尼崎市でクリニックを開業されて、
これまで2000人以上の患者さんの看取りを行ってきたそうです。

その経験の中で、自然に、そして穏やかにあの世へ旅立つ「平穏死」という選択があると考えるようになったそうです。
最近、人生の終い支度、幕引き「終活」という言葉をよく耳にします。

けれど終活とは「一体誰の、何のためのものなのだろう」と思うことがあるそうです。
理想の最期をいくら書き綴っておいたとしても、希望とはかけ離れた日々を余儀なくされる方もおられます。
そういう姿を見るたびに「人生を終えるための、一番大事なことが抜け落ちたままではないか」という気がします。
誰のために、また何のために「終活」をするのだろうか。
命の終わり方を今一度考え直す時期に来ているのではないか、と長尾先生は語ります。

「平穏死」という言葉をご存知でしょうか。
文字通り、「平穏に最期を迎える」という意味です。

近頃は、「多死社会」とも言われ、延命のための医療は高度化し、さまざまな選択肢が用意されています。
だからこそ、自分や大切な家族が、人生の最後にどのような医療を望むのか、考えておくことが大切なのではないでしょうか。

長尾先生は、今から20年程前のある末期の食道癌の患者さんの診療経験を語っています。
その患者さんは点滴を拒否し、食物が食べられず、わずかな水だけでしたが、元気に歩き回り、ボランティアまで行い、
その状態で3か月間も生き、亡くなる2、3日前だけベッド上に臥し、枯れるようにして亡くなっていったそうです。

それまでの多くの患者さんは、最後まで点滴をやり、むくんで、もがき苦しみながら亡くなっていきました。
当時は、「がん」という病気のせいだと思っていましたが、
実は良かれと思ってやり続けた延命治療が却って苦しめている原因だということに気づきます。
まだ、「終末期」という言葉さえ知らないときでした。

治療には「止めどき」がある。長尾先生は医者11年目にしてようやくそれに気づいたそうです。

<治療の止めどきを決めるのは自分自身>
サラリーマンにも退職があるように「医療においても同じようにやめどきがある」というのが、長尾先生の考えです。
医療とはすべて限られた寿命を少しでも、長く元気で生きるためにあります。
そういう意味では、降圧剤を飲むことも糖尿病でインシュリンを打つことも、
広い意味では医療行為すべてが延命医療と言えると語ります。

では、死ぬまで降圧剤を飲んだりインシュリンを打つのかといえばどうでしょうか。
少し前まではそうだと答える医者がほとんどでしたが、
最近では状況が変わってきて、「やめどき」があることに気がづく医者が増えてきたのです。

けれど、治療のやめどきを決めるのは、患者さんご自身です。
一番大切なのは、本人が納得、満足できる治療の受け方をするということ。
やめどきを医師と相談しながら、自分で考え納得のいく答えを自分で選ぶ。
そういうプロセスが非常に大事だ、と長尾先生は言います。

今まで治療のやめどきは、医者が決めてくれるものだと思っていた人も多かったかもしれません。
けれどこれからの時代は、患者さん自らが、担当の医師と何度も何度も相談して決めていくものだと思います。

たとえ治療を中断しても、亡くなるその日まで自力でトイレに行ったり、
食べている方もいらっしゃいます。
痛みを取る緩和医療を受けながら死の直前まで話をする人もいます。
「平穏死」を選んだからこそ、最後まで自分らしく生を全うした方は大勢いらっしゃるのです、と語っています。

<抗がん剤のやめどき(例)>
やめどきを考える一つの例として抗がん剤治療があります。
長尾先生は、抗がん剤には10のやめどきがあると常々言っています。
これらのやめどきのうち、どれを選ぶかのかは患者さんの選択に委ねられています。
 
1 初めから行わない
「もう高齢だからやらない」という人も増えています。
2 抗がん剤を開始してから2週間後
解決できないひどい副作用があるとき、折り返し地点での棄権もありでしょう。
3 うつ状態が疑われる
慢性的なうつ状態に陥りやすいがん患者。
それが本格的なうつ病になったら生き続けるためにも緩和医療が必要です。
4 「効果は出ていないができるところまでやろう」と主治医が言ったとき
苦しいばかりでは効果がない。
医師の真意をはかりながら、自分で決めることが大切です。

<医療のやめどきに正解はない>
抗がん剤に限らず、医療のやめどきは一人ひとりの死生観によって変わるもので、正解はありません。
「最初からやらない」というのも、最後までやり続けたいというのも答えの一つ。
患者さんが選ぶことのできる「人生の大切な選択肢」です。

<老いと病のちがい>
そして高齢になれば、治らない症状も出てきます。
例えば90歳や100歳の方が認知症やひざ痛になるのは、
ごく当たりまえの自然なことなのです。

それを「病気」ではなくて、「老い」という当たり前の姿として受け入れたとき、
もっと楽に生きることができるのではないかと思います。

それは、ご本人だけでなく、ご家族も同じことだと思います。
長年元気でいた「親が老いること」を受け入れることは難しいかもしれません。
けれど、自然に老いと向き合うこともまた、平穏な最期を迎えるために大切なことだと思うのです。

<自分らしく生涯を終えたい>
先日、読売新聞にこんな投書が載っていました。
73歳の女性からです。

先日、リビングウィル(生前意思)を書き、気持ちが軽くなった。
「延命治療はしないでください。家族に見守られて幸せな人生だった」
紙にそう書き、居間のふすまに貼った。
自宅で倒れたとき、搬送する医療関係者に向けたメッセージだ。
すい臓がんで通院している。そして検査結果が出た。
かなり進行していて、この状態では余命は平均で6〜8か月だそうだ。
今は一人暮らし。そこで腹を決めた。
延命治療は望まず、抗がん剤も飲んでいない。
しかし、ときおりお腹が痛むので、鎮痛剤は毎日服用している。

病院の緩和ケア病棟にも申し込んだ。
週に1度は東京にいる長男が連絡をくれ、
近くに住む次男が買い物に付き添ってくれる。

今のところ行きたいところに行く普通の生活を送っている。
「自分らしく人生を終えたい」そう思って生きている。

<インチョーより>
医療知識の一般の方々への普及を背景に、このような生き方を望む人が増えています。
専門医・かかりつけ・総合医、各々の専門技術を、患者さんのために活かす献身的な態度と、
そして、患者さんや家族の側に立った、温かな、人間味のある診療が今こそ求められていると感じています。
皆さまの参考になれば幸いです。

<参考文献>
長尾和宏(2016)「最期まで自分らしく生きるための『終活』」,『ラジオ深夜便』2016年7月号,NHKサービスセンター
長尾和宏(2012)『「平穏死」10の条件』,ブックマン社
読売新聞「ぷらざ」2016年6月15日付夕刊,73歳女性の投書